別段、いつもなら全く気にもかけないのだが、たまたまとは怖いもので、ふと公園を見やったのがいけなかったのか。





公園に蹲る緑色の背中に、何故だろう、不思議とあいつだという妙な確信が俺の中に生れ、さっさと家に帰るつもりだったのにうっかりとそこに足を踏み入れる羽目になってしまった。

声をかけようと近づき、あと数歩というところで緑色が振り返る。


「、さんぼ?」


ポンチョを着たが立ち上がった。
傘は差してはいなかったが、レインコートにはフードもちゃんとついていて、それのおかげでどこも濡れている様子はなかった。


それにしても、驚いた。

この雨であるし、別に故意に気配を消したつもりではなかったが、足音はもちろん聞こえてはいないと思っていたし、まさか気配で振り返るとは思わなかった。
流石はあの仁王と一緒に暮らしているというべきか。

いや、ただの気まぐれか。



それはいいとして、こいつが一人でいるのも珍しい。


「仁王は一緒じゃないのか」


まだ明るい昼間とは言え、あの過保護な親馬鹿が、が一人で外出するのを了承するはずがない。
となれば、こいつは勝手に家を出てきたということになるのだろうが、そうなると仁王が必死にを探している様子が目に浮かぶ。

詐欺師だなんだと言われて、何人もの女を振り回して泣かせてきた男が、こんな幼子一人に振り回されて泣かされる羽目になっているのだから面白いことこの上ない。


「まさなんか、しらんもんっ」


ぷいっと顔を背けるという不機嫌を体現するお決まりのしぐさから、またこいつらは喧嘩をしたらしい。
こいつらはなにかと喧嘩をしている気がするが、よく飽きもせずにやっていると思う。
まあ喧嘩と言っても、仁王からの小言にが一方的に拗ねる、というパターンなのだが。


しかしこのまま放っておくわけにもいかないだろう。
仁王が面白いのはいいが、このままこいつの相手をするのにも限界がある。

面倒だ、そのまま送って行ってしまおう。


「あいつが心配するだろう、帰るぞ」
「やっ!」


手を取って公園から出ようと手を引っ張ったが、いやだいやだと反対方向に手を引っ張る。

ただでさえ子どもという予測不可能な生き物は苦手だというのに、こう駄々をこねられては対処に困る。
子どもを得意とする精市や丸井なら簡単に対処するのだろうが、俺には無理だ。

そもそも、子どもを得意とする意味がわからない。


仕方なしにわかったからと頭をぽんぽんと叩くと落ち着いたらしく、ふうと息を吐きだした。

正直、俺も溜め息を吐きたい。


「で、どうした」
「あのね、ねこちゃん」


そう言って指をさした先には、まあベタなことに段ボールに入った子猫がいた。
緑色の傘が立てかけてあるのが、思うに、の持ち物だろう。

ああ、しっかり名前が書いてある。


そうか、これが原因か。


仁王の家はマンションであるから、ペットは禁止だったはず。
拾っていっても飼えないんだ。

それをわかって仁王は猫を飼いたいと言ったであろうに駄目だと言ったんだな。


「捨て猫、だな」
「うん、」


うんと言ったの顔は、俺が立ったままであるせいもあって見えなかったが、声色から少なからず沈んでいることが読み取れた。


日中仁王の家にいることが多いは、遊び相手がいなくて寂しいという意味で言ったのかもしれないが、もしかしたら自分と重ね合わせているのかもしれないと思い始めたら、何故か、無駄に思考が回り出した。

結果、俺は鞄の中に確かタオルがあったはずだということを思い出し、鞄の中を探し始める。
目的のものを見つけ出すと傘を首と肩の間に挟んで固定し、屈んで子猫を包んで抱き上げた。

思ったとおり軽くて小さいこの毛玉は、雨に濡れて震えてはいるが、目立って衰弱しているわけではなさそうだし、この分だとしばらくすれば元気になるだろう。



ぽかんと一連の俺の動作を見ていただったが、意識を取り戻すと不安げにさんぼ?と問いかけてきた。

安心させるには手っ取り早く頭を撫ででやればいいと精市が言っていたが、生憎俺の両手は、右手に傘、左手に子猫と塞がっている。
どうしようかと思案して、とりあえず目線を同じにしてできるだけ安心できるようにと声を出した。


、この子猫は俺が預かろう」
「、ほんと?」
「ああ。しばらくしたら遊びに来るといい、仁王と一緒にな」
「うんっ」


ようやく機嫌が直ったらしいに家に帰るように促すと、今度はあっさりと頷く。

両手は塞がっていたから、車道側は歩かないを約束をさせ(実際理解したかどうかはわからないが)、仁王の家への道のりを歩き始める。


斜め下を見れば何か鼻歌らしきものを口ずさんでいるようだ。
駄々をこねられないだけいいが、上機嫌に楽しそうにしているあたり、切り替えがやたら早い気がする。
やはり、子どもはよくわからない。




少し歩くと、反対側から傘を持って走ってくる見知った人物が見えた。
予想通り、必死にこいつを探していたらしい。

毎度ご苦労だな、仁王。



仁王は俺たちに気づくと、立ち止まって一言声を発した。





!」


呼ばれた自分の名前に反応して、は仁王に向ってぱたぱたと走っていった。

案の定、がみがみと小言を言われていたが、は二言、三言話すとこちらを指差した。
それに仁王が軽く驚いてこちらを見ると、悪い、とばつが悪そうに手をあわせたのに気にするな、と手を振り返すと、苦笑をしての手を引いて帰っていった。




二人を見送って帰路に就く。


まったく、今日は予想外の拾いものをしてしまった。
預かるとは言ったものの、マンションに住む仁王が引き取れるはずもないし、このままうちに置くことになるのだろう。
随分いいカモを見つけたものだな、おまえ。

そう思って腕の中の子猫に視線を落とすと、小さくにいと鳴いた。


それがなんだか笑ったように見えた。
段々、仁王が仁王ならであるし、そうなるとこの猫もなんだかんだであいつらと似ているのか、と思えてきて、こうなったらもう笑うしかない。



とりあえず、こいつに名前を付けてやらなければいけないな。















類は友を呼ぶとは




















(080810)



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