「降るかな」


誰かが呟いた声を拾って空に目を移す。
今にも降り出しそうな空模様。




















駅の改札を出ると、濡れた傘を持つ人とすれ違った。
なんとかここまでは降らずに済んだのにと内心舌打ちをする。
とうとう降り出してしまったらしい。

あああ、と気分はガタ落ち、苛々に拍車がかかる。
とりあえずと外に出れば、うっわ、駄目だこりゃ。

流石に傘を差さなければならない強さの雨。
これでは傘なしでは帰れない。

ああ、どうして今日に限って忘れたんだ、俺。
午後の降水確率は70パーセントだったじゃないか。


忘れた自分が憎い。
いつもなら気になりもしないものが気になったりすることがあるが、今日がまさにそれ。
今日はどうしても濡れて帰りたくはなかったのに。



まあぐずぐずしていないで、早い話がコンビニあたりでビニール傘でも買って帰ればいい話なのだが、ここから家までは微妙な距離。
それになんだか傘を買うのは癪に障る。
でも買わなければ濡れてしまうし…と永劫回帰。










仕方ない、ここで考えていても埒があかない。
打開策なんてもともとひとつだ。
買うしかないだろ、ここは。
そうと決まれば目指すはコンビニ。
さっさと買って、さっさと帰ろう。


そう思って方向転換をすると、その瞬間に視界が何かを捉えた。








雨の中、忙しく動く緑色の頭。
どうにもその緑のかえるには見覚えがあった。








「、?」


思わず口からこぼれた小さなつぶやきに反応してかえるが、いや、が、こちらを向いた。
俺だと認識すると、ぱあっと笑ってぱたぱたと駆け寄ってくる。


服装はと言えば、緑のレインコート(かえる柄)に緑の長靴。
まさにかえる。

そう形容するのが正しいだろう。
ちなみにこのセットは、この前幸村がこいつにと買ってきたものだったりする。


「まさっ!」


ぎゅうぎゅうっと足にしがみついて上目づかいに俺を見る。
ぽたぽた水滴がレインコートを伝って地面に落ちる。
おまえ服が濡れるだろ、と言おうと思ってあることに気が付く。


「ちょと待て、なんでおまえがここにいる」
「うーん?」
「ひとりで外に出るなって、俺、言わんかった?」


少し強めに言うと、今までにこにこしていたこいつの顔が一変、瞳が揺れる。
しがみついていた足から離れてうつむく。


泣くだろうな、とも思ったが、泣いても何でもこれは駄目、譲れない。
遊びたい盛りなのはわかる。
でもただでさえ物騒なのに、たいした危機管理能力も持ち合わせていないこいつにまだ外は危険すぎる。
なにかあってからでは遅いんだ。
どうしてもこれだけはわかってほしくて、この間しっかりと約束したばかりだというのに。


は俺の言うことが聞けないん?それとも聞きたくないん?」
「ちがう、もん」
「じゃあなんでここにいる」
「……だもん…」
「なん?」
「まさの、おむかえ、だもんっ!」
「は、」


の発した言葉の意味がわからなかった。

え、今なんつった?
“おむかえ”とか聞こえたんだけど。


確かによく見てみれば、さっき抱きついてきたときに落ちたのか、少し離れたところに傘が落ちていて、がここまで持ってきてくれたことが窺えた。

ああ、と状況を理解する。
もう、こいつは、ほんと。


今まで高まっていた、苛々と怒りが急速に萎えていく。
反対に広がっていくのは温かいなにか。





ぷいっとそっぽを向いてしまったのに苦笑してしゃがんで目線を同じにする。

手を頭に乗せると、びくっ、と体が揺れて恐る恐るといった様子で俺を見る。
ふっと笑うと、きょとん、とした表情になった。
叩かれるとでも思ったのだろうか。
まあ、わからなくもないが、俺がにそんなことをする筈がない。


「まさ、おこってない?」
「怒っとらんよ。でもな、ひとりで外はだーめ。これは約束な、わかった?」
「わかった!」
「ならええよ。傘、ありがとうな、


そのまま頭に乗せた手でぐりぐりと撫でれば、えへへと嬉しそうに笑う。
ひとしきり撫でた後、から傘を受け取り手をつないで、屋根の下から出る。
いつもなら傘にあたる雨の音は不愉快にしか感じないところだが、なんだか今日は酷く気分がいい。





少し歩いたところで、まさまさ、と裾を引っ張られて足を止める。
立ち止まって、どした?と問えば、笑顔が返ってくる。


「おかえりっ、なさいっ」
「ん、ただいま」















おむかえかえる




















(080711)



 迎