―――暑い。暑すぎる。
夏休みも明けたというのにこの暑さはなんなの。30度を過ぎたら学校は休校にでもすればいいと思う。
ああきっと帰りも暑いんだろうな。そんなことを考えながら廊下を歩く。
放課後の廊下は割りと静かだ。部活、もしくは教室や図書室を避暑地にしている生徒がほとんどだろう。ありがたいことにこの学校は冷暖房完備。
流石私立。全館ではないが教室にエアコンがあるというのは大きい。こんな暑い年なんかエアコンなしで授業だなんて拷問に等しい。こういうときは素直に感謝。私立でよかった。
角を曲がり、教室が近くなってきた。
さて今日の帰りはどこに寄ろう。なんか宿題あったっけ。
思考をこれからの予定に移したところで、後ろからぐっと腰を引かれた。思わず体が硬直する。
しかし、こういうことをするやつなんてあいつくらいだ。約1名ほど心当たりがある。
「せーんぱい」
耳元で楽しそうな声がする。吐息がかかって背筋がざわりとした。
「…仁王くん」
「はあい」
はあいってなんだ、はあいって。
今更中等部の人間がなんで高等部にいるかなんて質問はしない。どうせこいつの気まぐれだろう。
「とりあえず、くすぐったいから離れて」
「んー」
どうでもよさそうな返事で流されてしまった。
吐息はわざとか、こいつ。すごくとってもくすぐったい。あと、落ち着かない。
制服越しに触れているところがじわじわと熱くなってきた。教室内は冷房のおかげで涼しいけど、冷房のない廊下はそれなりに暑い。
「ね、暑いんだけど」
「俺も暑か…」
「じゃあ離れたらいいと思うの」
「んー」
まるで話にならない。
はあ、とため息を吐くと、くつくつと笑う声と振動が伝わってきた。
そういえば、暑さに弱いらしいこの後輩は随分元気だ。
この暑さだから萎れているだろうと思っていたのだが、その心配はなかったようだ。
「萎れてると思ってたけど、元気そうでなによりですね」
「まあくそ暑い中、部活もやってたしのう」
「あー…そっか」
「あと、冷房さまさま」
「…ですよねー」
思わずそう返せば、またくつくつと笑う。
まあなんにせよ夏バテはしていなさそうだ。絶賛夏バテ中の私からしたらうらやましい限り。
外の部活のくせに色白だし不健康そうに見えるくせに、健康なんだよね、意外と。
そんなことをやってるうちにとうとう汗のしずくが首筋を流れていった。そのまま谷間――と呼ぶにはささやかすぎるが――を流れる感覚がして不快に思った。
離す様子がない仁王くんに、仕方なくずっと前に向けたままだったのを、体をひねって振り返った。
至近距離で目が合う。
「せんぱい?」
不思議そうに首を傾げた。何故かひらがなの発音に聞こえるところといい、仁王くんは変なところが可愛い。
…本人には言ってやらないけど。
「いい加減にしようよ。あつい」
「まだまだー」
「…暑いの嫌いなんじゃないの?」
ため息混じりに言ってやる。
仁王くんと会話してるとため息ばかりだ。そもそも会話が成り立ってる気がしないんだけど。
仁王くんは面白そうに目を細めると、内緒話をするが如く私の耳元に顔を寄せた。
「俺がええから、ええの」
「…矛盾」
一言そう呟いてやった。
「そうじゃのう」
のんきな呟きが返ってきた。遠くで蝉の鳴き声が聞こえる。
(100913)
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