―――暑い。暑すぎる。
コートから聞こえてくる声を聞きながら、蛇口から流れる水を眺めていた。
まったく、よくやるよ。
そう思いながら息を吐き出した。額を汗が伝う。
ああ、鬱陶しい。汗を拭いながらのろのろと手を動かした。
マネージャーを始めてから3回目の夏。今年は全国優勝!と部全体の士気が高まっているのがわかる。
頑張るなあ、とこの炎天下で練習する部員たちを見ていると思わず苦笑が漏れる。練習も厳しいが、うっかりするとサポートするこっちもダウンしてしまいそうだ。
目的の位置まで水がたまったのを見計らって蛇口の水を止めた。
―――これが結構重いんだよなあ。
そう思いながら顔を上げると、水飲み場の先の木陰に見慣れたユニフォームが見えた。
誰かが座り込んでいるようだ。サボりという可能性も大いにあるけど、この時期だと体調不良かもしれない。どっちにしろ声をかけないわけにはいかず、ドリンクをそのままにして木陰に近付いた。
テニスシューズ、白っぽい足、ハーフパンツ、半袖の裾と見えて、一体誰だと思って持ち主をたどると。
「におう、くん?」
声をかけるとうなだれた頭がゆるゆると上げられた。
目が合うとへらっと笑う。
「…お、マネージャーせんぱいじゃあ」
気の抜けるような返事に肩の力が抜けた。
「調子、悪いの?」
そう尋ねると、首を横に振るのでとりあえず体調が悪いわけではないらしい。
となると残りはサボりなわけで。それは一応マネージャーとして見逃してあげるわけにはいかないので、サボり?と聞く。
すると、うーんと首を傾げた。こういうところが可愛いんだよな。
「体調不良じゃなくてサボりじゃなかったらなんなの?」
「んー」
「んーじゃわからないんですけど」
そう言って腕を組んだ。ついでに私も首を傾げてみた。
すると、ふいっと下の方に目をそらしてぽそりと呟いた。よく聞き取れなくて思わず聞き返すと拗ねたような声が聞こえた。
「…暑いのは、好かん」
―――結局それはサボりになるのではなかろうか。
そう思って目の前で座り込んでいる仁王くんを観察してみた。
日陰だというのに、暑さのせいでうなじというか首のあたりを汗が流れていく。さっきの様子から、いつもの生意気そうな態度はすっかり萎れてしまっている。
暑さが嫌いというより苦手なのは嘘ではないようだ。しっかりバテてるらしい。
面白い、と思った。
いつも他人をからかっているような、小生意気な後輩が弱っているのを眺めるのは面白い。ふと浮かんだ悪戯心に乗ってやるのも悪くはないと思った。
すっと仁王くんの前に膝をついて座った。
「それ結局さ、サボりなんじゃないの?」
そう言ってやると、顔が上がって目があった。
思いがけず近くて驚いているようだった。反射的に後ろに下がったみたいだけど、後ろは木。それ以上下がれるはずがない。
そういえばこの子、触られるのを嫌がってるような節があったな。
「ま、こう暑いとつらいよね」
「、ッ」
「わからなくは、ないけれど」
すっと仁王くんの耳の下のところに右手を伸ばす。
触れた手の冷たさになのか、息を詰めた仁王くんはとても可愛かった。
「冷たいでしょ」
さっきまで水を触っていたおかげでひんやりとしているはず。
汗で手が濡れる。触れているところから手が温まっていく。そのまま鎖骨に沿って手を滑らせた。
息を詰めたまま硬直してる様がとても面白い。
女の子が放っておかなそうな雰囲気があるのは感じていた。こういうのとか慣れてそうだなあとは思ってたけど、そんなことはなかったようだ。
まあこの歳で女も何もないか。
「せんぱい?」
ふっと鼻で笑ったのに反応したみたいで、困惑した声が聞こえた。
「部長には言っといてあげるから少し休んだら戻ってきなよ」
「えっ」
空いている左手で後頭部を引きよせ、顎の下に落ち着かせる。
かすかに汗のにおいがした。
ここまでなされるがままっていうのも面白いなあ。抵抗くらいすればいいのに。
「みんなには、内緒だよ?」
一言呟いてそのまま離れた。呆然としている仁王くんに、悪戯がすぎたか、と苦笑した。
コートの方で休憩の声が聞こえた。
まずい。
仁王くんにじゃあね、と言って水飲み場の方にかけ出した。
―――やって、しまった。
きっとこれも暑さのせい。
そう言い聞かせて流れてくる汗をタオルで拭った。
(100923)
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