(だれ、だ)





俺を見上げる目の前の女。
名前を聞こうと口を開いてみるが、口から出ていくのは空気だけで。
声が、出ない。
頑張って声を出そうとぱくぱく口を動かしてる様を不思議に思ったのか、首を傾げて、きょとんとした表情で俺を覗きこむ。

彼女がなにげなくやった仕草にふと違和感を感じた。
いや、違和感という表現は正しくはないかもしれない。
なんというか、初めて会ったと思われる女に感じるのもおかしな話だけれども、


(なつかしい?)


そんなわけはあるはずがない。

名前を忘れる(そもそも、ちゃんと名前を聞いたかどうかすら怪しいところがあるが)ことは多々あったが、

さすがに顔を覚えていないということはなかった。
まあ別に忘れたところで何の支障もないが、無駄に記憶力のいい俺の頭は大体覚えているんだ。
ってことはこの女はまるっきり赤の他人。
赤の他人に懐かしいだなんて。









そんなことを考えていると、女はいきなりにっこり笑って、まさ、と俺の名前を呼んだ。


(あ、あ、あ、)


その瞬間、唐突にある人物にたどり着く。



そうだ、あの首を傾げて俺を覗きこむような仕草はまさしくのもの。
顔をよくよく見てみると、あいつの面影がないわけでもない。
なんだ、笑顔なんて今と全然変わらないじゃないか。


(いま?)


今って今はいつなんだ。
目の前のは明らかに俺の知ってる小さいじゃないし、そうだな、年を考えると十…七、八ってとこか。
今更ながらと周りを見渡してみると、一面に広がる、白。

ああ、オーケー、わかった、あれか。
えっと、なんだ、異世界ってやつ。
そうかそうか俺トリップしたんかー。
ってんなわけあるか。
夢だ夢。

一人ノリツッコミなんて非常に馬鹿馬鹿しいけど、どう考えてもおかしいだろ。
まあ確かに最近疲れてた、それは認めるけどな。
どうして(大)なんだ。
(小)が出てくるならわかるが、が(大)出てくるなんて。
ついにいかれたか。





悶々とわけのわからない自己嫌悪に陥りそうな意識をなんとか戻して、再び(大)に意識を向ける。

しかし、どうしたもんか。
このままでいるのもなんだかあれだし。

うーんと悩んだ結果、折角だ、こいこいと手招きをしてみる。
声は出ないけど、ジェスチャーなら通じるだろ。
思った通りしっかり通じたらしく、(小)と同じようにぱたぱたと近付いてきた。

ああ、やっぱりだな。
とりあえず抱きしめてやろうと手を広げてみる。
次に来るであろう、衝撃を予想してわずかに構える。

しかしそれは無駄に終わった。








弾けた。
が。


ざあっという表現が妥当なところか。
風にさらわれる、いや、風に溶けるように消えていった。
あいつがいるはずの腕の中には何もなくて、代わりにあるのは周りを漂う無数の桜の花びらとその香り。
は春を残していったようだ。
なんとも穏やかな空気。





だが、そんな外気とは対照的に、俺の中にはどうしようもない焦燥感が残った。















ゆめ




















(080411)