微風が前髪を揺らし、ぎしっと床が鳴る。深夜の突然の出来事に弾かれたように部屋の入口を見た。
「、なんだ、か」
 僅かに俯いたが夜風に髪を揺らしていた。
 ばくばくと心臓が鳴っている。
 暗闇に浮かび上がる、真っ白な寝間着を着た。一瞬、妖の類かと思った。ビビってねえ。別にビビってねえぞ。
「声くらい、かけろよな」
 そう言いながらに向けていた視線を手元に戻した。
 しかし、いつまで経ってもは無言で、しかも入口から動く気配がない。
「どうした?伊作ならいねえぞ」
「食満」
「あ?」
 呼ばれて顔を上げて再びの方を向いた。
「に用があって」
「俺に、用?」
 は後ろ手に戸を閉めると、ゆっくり顔を上げた。
「昼間、ね。味見、しそびれちゃったから」
 そう言って妖しく笑ったの目は金色に光っていた。



 気付いた時には、の顔が目の前に迫っていた。
「ば、」
 一拍遅れて後ろに手をついた。は四つん這いで上目遣いに俺を見た。至近距離で見つめられると目のやり場に困る。ちらっと目線を下にずらすと、乱れた寝間着の隙間からの谷間が見えた。
 ――げっ!
 さらに目のやり場に困る。俺の目線に気付いたのか、がくすりと笑って自分の衿元を寛げる。
「おま、馬鹿、なにして、」
 際どい。すごく、際どい。見えそうで見えなくて。ああ、もう。
「触りたい?舐める?」
「い、いいです!」
「どっちでもいいよ。好きにして?」
「勘弁、してくれ!」
「その代わり、味見させてね?」
 ――味見って、何のことだよ!
 四つん這いで迫ってくるから逃げるためにずるずると後ずさりをしていると、背中に固いものが当たる。部屋の壁だ。
「おまえ、いつもと違くねえか!」
「そお?けま……留三郎の気のせいじゃないの?」
「い、いつももっと無気力だろ!」
「留三郎を前にしたら目が覚めちゃったよ」
 行き止まりまで追いつめたのをいいことに、が俺の膝を割ってさらに近付いて来る。体を思いっきり押し付けて、俺の両脇に手をついた。
「こここ、腰!押し付けんな!よ!」
「ええ?なあに?」
 がゆるっと腰を動かした。
「、ッ、だから!やめろって言ってんだろ!」
「ふふ、ふ」
 頬を撫でられた。近付くの顔に、顔を反らしたくてもこれ以上は、無理だ。
 ――こういうのは、普通逆だろ!
「ひ、」
 べろりと顎を舐められて情けない声が出た。くそ、笑えない。女一人押し退けることができないなんて。
 の口からあかい舌が覗く。
「おいしそうだねえ、とめさぶろう」
 肩に手をつかれて、の顔が首筋に沈んでいく。ざらりとした感覚がして、生温かいの息がかかった。
「ね……いい、でしょう?」
 ――いいわけあるか。
 なんて思いつつも、間近に感じるの声に、匂いに、生唾を飲み込んだ。
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