「伊作いるかー?」
そう言いながら医務室の戸を開けた。振り返った伊作は、俺の腕を見ると驚いて目を見開いた。
書き物をしていたらしい伊作の隣には、ちょんとが座っていた。口をもごもごさせて、また何か食っている。の傍らに丸薬のようなものが置いてあった。
いつも丸薬のようなものを食べているから、前に気になってどこか悪いのかと聞いたことがある。そしたら、おやつと返ってきた。紛らわしいことすんなよ。心配して損しただろ。
因みに、ひとつもらったことがある。
が、一口で吐き出した。何か生臭いというか、とりあえず食べられるものではなかった。なんつーもん食ってんだ。俺にはこいつの味覚が理解できない。
「ちょっと待ってて」
伊作はそう言って立ち上がるとごそごそと治療の準備を始めた。戸を閉めて、それを見ながら床に腰を下ろした。
――すっ転んで惨事にならないといいけどな。
「けが、したの?」
「お?おお」
いきなり声をかけられて驚いた。いつの間にかが俺の隣に座っていた。全然、気付かなかった。
手に持っている食べかけのものはそのままだが、普段は眠そうなの目に生気がある。珍しいこともあるもんだ。
手にとってまじまじと俺の傷口を眺めている。
――そんなに熱心に眺めて面白いものなのか?
そんなことを考えながらを眺めていると、傷口にぐっと顔を寄せた。
「な、」
驚いて反射的に腕を引いた。
こいつのどこにそんな力があるのか知らないが、全く動かなかった。のいきなりの行動にぎょっとしていると、誰かの手が視界に入り、の頭を掴んだ。
の顔が傷口につくすんでのところで停止した。
「……」
いつもと違い伊作の声が低い。ついでに伊作の顔を見れば恐ろしく無表情だった。
「留三郎の手当するから。ちょっと離れて」
「……」
「」
伊作との無言の睨み合いに挟まれてしまった。もう何年も伊作のそばにいるを見ているが、こいつらのこういう睨み合いを見たのは初めてだった。
なんだか、薄ら寒い。
早く終わってくれ、と内心叫んでいると、ふいっとが顔を逸らした。
嫌々、というように俺からが離れていく。少し離れたところまで這って行くと、ちょんと座りなおした。
伊作はというと、何事もなかったかのように俺の前に座り、いつものように笑みを浮かべた。
「すまないね。腕、出して」
「お、おう……」
伊作はどんくさいくせに治療だけは手際がいい。手慣れたように傷口を消毒をして包帯を巻いていった。
「大したことはないね。痛み止めは……いらないかな」
気が抜けたように笑う伊作に、俺も口元を緩めた。
「ああ。そうだな」
俺の目から見ても怪我は大したことない。
――むしろ、痛かったといえば。
治療の間ずっと背中に感じていた、の視線だった。
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