「いーさーくー」
 実習の移動中に伊作が転んだ。本当、何もないところで転ぶよなあ。仮にも六年生だろう。そう思うと苦笑しか浮かんでこない。
 こいつが転ぶこと自体よくあることだからと思ってそのまま待ってみるが、今日は中々起き上がってこない。
 なんだ、足でも挫いたのだろうか。不審に思って近付くと、下を向いたまま脂汗を浮かべているのが見えた。
「おい、大丈夫か?」
「だいじょうぶ、だよ」
 顔を上げてへらりと笑ったが、いつも以上に力がない。というか、顔色が悪すぎる。
「お前、顔真っ青じゃねえか。医務室行ってこいよ」
「……ちょっと、寝不足なだけだよ」
「大怪我すんぞ。今日はやめとけ」
 うーんと困ったように笑う。実習を欠席するのは気が引けるんだろうな。
 だからといって、万全とはかけ離れた状態で出席しても大怪我して帰ってくるのが関の山だ。そんなに甘くはない。こいつもわかってはいるんだろうけど。
「どっちにしろどうせ補習だろ、お前の場合。だから補習でどうにかすりゃいいじゃねえか」
「それ言われると元も子もないんだけど……」
「めんどくせえなあ」
 埒が明かない。伊作の腕を無理矢理引っ張って俺の肩に回した。
 そのまま学園の方へと歩き始める。
「すまないね」
 少し歩いたところでぽつりと伊作が呟いた。
「気にすんな。いつものことじゃねえか」
「まあ、そうなんだけど」
 こいつの不運との付き合いも六年目ともなれば、慣れのようなものだ。
 そういえば。ふと、気付いたことがある。
「お前、ちょくちょく倒れるよなあ。今日みたいに」
 持ち前の不運故に、実習中の伊作が余計な怪我をすることは少なくない。しかし、今回のように体調が悪くなることも少なくない、気がする。
「……そうだった、かな。今日はたまたまだよ」
「嘘つけ。結構あるぞ?」
「そんな、気のせいだろ?僕はそんなに柔じゃないよ」
「不運な上に虚弱体質なのか……本当に大丈夫なのか、お前」
 憐みを込めた視線で伊作を見てやると、目に見えて怒り出す。
「う、うるさいよ、留三郎!大丈夫に、うわっ」
「げっ」
 何かに躓いたらしい伊作の方に引っ張られる。俺がなんとか踏みと止まって転ぶことはなかったけれど、なんで俺が支えて歩いているのに転ぶんだ、こいつ。
「どこが大丈夫なんだよ」
「へへへ、ごめん」
 転んで装束が崩れたのと伊作が首を傾けたのが相まって、紅いものが見えた。ちょうど衿に隠れて見えないところだが、俺の角度からはよく見える。
「首、どうしたんだ?」
「首?」
「女……じゃねえな、それは。虫さされか?」
 紛らわしい、と俺が指摘すると、伊作は首に手を当てて曖昧に笑った。
「……うん、そうかな。全然気付かなかった。あとで薬でも塗っとこう」
「それがいい。しっかし器用なところ刺すなあ」
「ね。困っちゃうよね」
 伊作は学園に着くまでその場所をしきりに触っていた。刺されたことに気付かなかったと言っていたが、俺に言われてかゆくなってきたのだろうか。
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