「…白石、ひかるくんの体温が標準値なんですが」
「お、ホンマや。こりゃお赤飯炊かな」
「…先輩ら、ウザイっすわ」
私の手から体温計を奪うと、微熱っすわ、とだるそうに言った。
白石は保健室の使用カードに財前の名前やらクラスを書き込んでいた。
その間に財前をベッドに横になるように促すと、大人しく横になった。
やっぱり体調はよろしくないらしい。
咳をしてたからもしかしてと思ったけど、白石に頼んで保健室に連れて来させたのは正解だったようだ。
「また風邪やな」
白石が溜め息混じりに言った。
財前は特別体が弱いってわけじゃないけど、風邪を引きやすいと思う。
季節の変わり目は勿論、学校を休むほどではないけどしょっちゅう体調を崩してるし。
彼の低体温は周知の事実。
平熱36℃代の人間からしてみれば恐ろしく低い。
低体温の人は免疫力が弱いって聞くけど、この子を見てるとあながち間違いじゃない気がしてくる。
「財前の場合はさ、自己管理っていうか、」
「根本的に不健康やもんなあ」
「ねー」
「少しは俺を見習うとええよ」
「それは遠慮しときますわ」
「…なんやて?」
軽口を叩けるくらいだからそこまで重症ではないらしい。
少し休めば治るだろうと、一安心して、静かに息を吐きだした。
しばらくそうしていると、そろそろ戻らなあかんな、と白石が呟いて立ち上がった。
それにつられて時計を見ると、昼休み終了まであと5分。
もうそんな時間か。
次は何だったかなと思いながら椅子から立ち上がると、くんっと制服を引っ張られる。
何かと思えば、財前がスカートを掴んでいた。
「戻るんすか」
「戻るよ。授業だもん」
そう即答すると、はああ、と深く溜め息を吐いた。
「ここは残るところやないんですか、普通」
「授業でしょ、普通」
「病人を放っとくんや。酷い人っすわ、さんは」
「調子悪いんだから大人しく眠ってたらいいじゃない。それともなあに、ひかるくんは一人じゃ眠れないのかなー?」
まるで子どもに言い聞かせるように茶化して言った。
そうすれば拗ねつつも離してくれると思ったから。
財前のことを心配をしてないわけじゃないけど、横になっていればそこまで体調が悪いわけでもない。
それに、白石のことだからきっと部活は休ませてくれるだろうし、帰りは送ってあげようとも思ってる。
だから今はその手を離してほしいかなーなんて思ってたりもするんだけど。
「そう言うたらさんはここに残ってくれるんですか」
あらら?
財前は手を離すどころか、財前はさらにスカートを引っ張った。
しかも、珍しく視線を逸らさないでまっすぐに見つめ返してきた。
ベッドに横になってるため、自然に上目遣いになる。
反則、だ。
これは完全なおねだりモードじゃないか。
こいつ、私が弱いってわかっててやってるな?
ああもう。
これじゃ戻るに戻れない。
「ー、本鈴鳴ってまうでー?」
不意に白石の声が聞こえて、弾かれたように顔を上げた。
今行くー、と返事をすると、下の方から舌打ちが聞こえたのは気のせいということにしておこう。
引っ張っても一向に離してくれそうにない様子に、時間だけが進む。
下を向いても、財前が不機嫌そうにスカートを掴むだけ。
このまま無言の攻防戦を続けるわけにもいかない。
引っ張るのをやめて、はあ、と溜め息を吐くと、ぴくりと財前の眉が動いた。
仕方ない、と財前の前髪を上げておでこにキスを落とした。
息を詰めたのがわかる。
つくづく甘いなあと思いながら顔を離すと、呆けた顔が見えた。
思わず頭をくしゃくしゃと撫でると、すぐに意識を取り戻してぷいっと背中を向けられてしまった。
「放課後、ちゃんと迎えに来るから。ね?」
そう声をかけても何の反応もない。
せっかくサービスしたのに、これは完全に拗ねちゃったか。
…いや、きっとこれは照れてるんだろうな、財前のことだから。
まったく可愛いなあと苦笑しつつ後ろを振り返ると、呆れたようにドアに寄り掛かる白石が見えた。
わざわざ戻ってきてくれたらしい。
すれ違いざまに、ごめん行こっか、と声をかけて保健室から出た。
「………」
「…残念、やったなあ?」
「…うっさいっすわ」
少し歩いてから、白石が付いてきた気配がないことに気付いた。
振り返るとまだ保健室のドアから動いていなかった。
人を催促したくせに、あいつは遅れるつもりなのだろうか。
「しらいしー?」
「あー…行く行く」
ドアから背を離すと含み笑いをしながらこちらに向かって歩いてくる。
何事かと思って訝しげな視線を送ると、可愛いやっちゃな、と一言。
そんなの今更でしょうよ、としれっと答えると、惚気はいらん、とこめかみを小突かれた。
ちょっとだけずるくて、ちょっとだけ甘い
(090720)