「ー」
ペタペタとフローリングを鳴らしてベランダにいるあたしの服を掴む雅治。振り向くことなくハーブへの水やりを続行しているとさっきよりも少し強い力で服を引っ張られた。何か用?の意を込めて、んー?(語尾が若干上がっている)と言うあたしの問に対する雅治の答えは、んー(語尾の変化なし)だ。意味わかんない。
「もー、何?」
「真似した」
「しなくていい」
「じゃあちゃんとこっち見て返事して」
手に持ったじょうろ(どうしてもこれがいいと雅治が譲らなかったピンクのぞうさん)の水がなくなったのを見届けてから振り返ると、ムスッとした表情の雅治がいて笑ってしまった。
「なんで?」
「まーくんが可愛かったから」
「ちゃんのが可愛い」
じょうろを握っていた指をほどかれぞうさんはベランダにあるラックの上へ、あたしの指は雅治の指に捕らえられて部屋へと促される。あたしより大きな手のくせに、握っているのは人差し指と中指だけでまるで小さな子供がするみたいなそれ。本当にどこまでも可愛いなこいつ。少し背伸びをして横にある頭を撫でてやると、目を細めて笑う。この顔が一番好き。変な体制で背伸びしたから普段使わない筋が伸びて痛いけど、この顔が見れるならそんなの気にならない。
「これ、教えて」
テーブルの前に座りながら、さっきの雅治の顔を写メってブログにアップしてやろうとか考えてるといつの間にかあたしの真後ろから覆い被さるように座っている雅治に頬をつつかれた。爪が伸びていて地味に痛い。
「全然わからん」
目の前には黒いノートパソコンがあって、画面には英数字や記号が入り混じった文字の羅列がたくさん。これって
「ホームページの編集、画面?」
「ん。サークルの。ジャンケンで負けた」
「この間ジャンケンで真田が負けたって言ってなかったっけ?」
カチカチマウスをいじって映し出された画面を見て納得。真田らしくシンプルなデザインでサークルのホームページは作られているけど問題はバックグラウンド。達筆な字というか、力強すぎる字で常勝!とデカデカと書かれている。なにこれ。わざわざ自分で書いたのスキャンして取り込んだのかな。昔は携帯さえうまく使いこなせなかった男の成長を思うと拍手喝采ものだけれど、
「幸村がダサいって」
「だろうね」
「次の犠牲者、俺じゃ」
がっくり肩にうなだれてくるサラサラの銀髪がくすぐったい。窓から入る風が運ぶシャンプーの香りは同じもの。背中には愛しい温もりと鼓動。あぁ、あたし今幸せってやつ感じちゃってるかもしれない。
「ちゃんの匂い」
「雅治も一緒な匂いする」
ぎゅーっと長い腕があたしを抱きしめる。少し苦しいけど、これも幸せ。
「ちゃん好き」
「あたしも」
ぽんぽんとあやすように腕を叩くと緩まる力。さ、早く編集終わらせちゃお。タグとか分からないとこ教えるし、ね。と子供に言い聞かせるように言えばやだやだと首を振る。雅治完全に甘えたモードだわ。なんて溜め息ついてみても緩んでいる自分の口元は嘘をつけない。
そんな日曜の昼下がり。
0518 みつ
by scream