021:子供
「かあ、」
かあ?不自然なところで言葉を切った左吉に視線が集まる。顔を赤くすると小さく、先輩、と言い直した。
「なあに?」
先輩は苦笑しながら左吉の頭を撫でた。なるほど。途切れた言葉に続く言葉を理解した。からかう団蔵の声とそれに言い返す左吉の声で、途端に部屋が騒がしくなった。まずい。いつ潮江先輩の怒号が飛んでもおかしくない。ちらりと潮江先輩を見ると、予想とは裏腹に、ぼんやりと先輩たちを眺めていた。
200(110926)
022:夜
「仁王は夜の匂いがするよね」
そう言っては柔らかく笑った。
「なんじゃそれ」
尻尾だった髪を梳いていた漣の手が首の後ろに回り、その手に引き寄せられるがまま、の上に倒れた。
すうっと耳元で息を吸い込む音が聞こえ、肺いっぱい空気を吸い込んだの胸が俺の胸を押す。
「ん……やっぱり」
が溜め息混じりに呟く。吐き出した息がくすぐったい。
やっぱり、の意味がわからない。そう思いながら、目の前に見えた首筋に口付けた。
200(110212)
023:あの人
「土井先生ってかっこいいですよねえ!」
「余裕のある男の人!って感じで!」
後輩たちからの同意を求める熱い視線に、思わず苦笑いを返した。かっこいい、ねえ。確かに顔は整っていると思うけど、それは土井先生に限ったことじゃない。でも余裕があるというのは違うかなあ。少なくとも夜に会う先生はそうではない。目を閉じて私のよく知る先生の姿を思い出す。
「……そうかな?」
やっぱり余裕のあるかっこいい男の人ではない。
198(111103)
027:呆れ
「さいっあく」
「えへへ」
照れたように頬を染めたが、えへへじゃない。この馬鹿が猪よろしく突進してきたせいで避ける暇なく今に至る。追突と同時に床に強打した後頭部が痛い。そして重い。そんなことお構いなしに伊作は顔を近づけてくるから、とりあえず酒臭い。
「いさくくさい!」
「うえからよんでもおーしたか、あてっ」
「黙れ酔っ払い」
引っ叩いてみるもだらしない顔は変わらず、面倒になって思考を放棄した。明日覚えてろよ。
200(110820)
029:いましめ
「これじゃあ、何が仕事かわかったもんじゃない」
そう言ってシーツを引っ張れば、その先にいたザンザスがちらりと私を見た。が、すぐに興味なさそうに視線を元に戻してハッと鼻で笑った。
「てめえはいつから娼婦になった」
「娼婦よりも仕事してる気がするわ」
いきなりシーツを剥がされ寒さに顔をしかめていると、だからてめえはカスなんだ、と耳元で囁かれた。頬に触れたザンザスの手に顔を寄せる。
そんなの、昔から知ってる。
198(130320)
030:縋りつけるもの
音もなく近寄ってを捕まえる。腕から体温が伝わってくるのを感じて首筋に顔を寄せて深く息を吸い込んだ。ふらふらしてるとはよく言われるが、俺に言わせればの方がどこかに行ってしまいそうだ。
「いきなりなんなの」
「んー」
気のない返事をすると諦めたような溜息。力を抜いたのをいいことに腹に回した腕に力を込めた。流石に苦しいと腕を叩かれたがすべて無視。離してやる気なんて、さらさらない。
187(100801)
034:くちびる
唇を拭うように舐めた先輩は俯き加減だった顔を上げた。思わず見惚れていたのがばれたかと思ったが、視線は潮江先輩の方に向いていた。
「ギンギンした目で見ないでくれる?食べにくいのよ、変態」
「んじゃ俺が食ってやるから、寄こせ」
潮江先輩は先輩の手首を掴み、指ごと口に入れてしまった。何をしているんだ!
「教育的指導」
先輩は潮江先輩の頭に手刀を落とし、何事もなかったかのように私に微笑む。
「三木ヱ門、お茶」
200(110820)
037:溝
見慣れた後ろ姿を見つけて、先輩、と声をかけると予想外に二人分の返事。二人は顔を見合わせるとハモんな!とか言いながら笑い始めてしもた。誰やと思えば先輩の隣におったんはうちの部長。先輩と仲ええんやったな、この人。
「で、なんや、財前」
「や、部長やなくて」
そう言うと、ああそか部長か、とつぶやきながら、お前やて、と隣でまだ笑い続けとる先輩の肩を叩いた。待って、と部長の腕を叩き返す先輩にぐっと手を握り締めた。
200(100720)