テニス部の部室にすぐに来いとメールが来ていて、何事かと思って行ってみれば、メールの主が笑顔で出迎えてくれた。
「あれ。どうにかしてくれる?」
メールの主こと、幸村が指差した先には机に突っ伏す仁王がいた。
「…なにあれ」
「動きたくないとかなんとか言ってごねてて困っているんだ」
いかにも困ってますみたいな笑顔で肩をすくめた。
「力ずくでコートに引きずっていけばいいじゃないの」
やんちゃな後輩を笑顔で引きずって部活に連れて行く幸村を見たことがあるが、あれを見た時はまあ、なんていうか、流石幸村だなと素直に感心するしかなかった。
部長というより元締めという響きの方が似合ってると思う。
「まあ別にそれでもいいけど。面倒じゃない」
「私は?私は面倒じゃないの?」
「ほら…せっかくお世話係がいるんだからわざわざ俺がやらなくっても」
「お世話係は柳生でしょ!って、あれ、柳生はどこにいるの?」
「委員会だそうだよ」
「使えなーい!」
そう言って頬を膨らませると、幸村が面白がって頬をつつこうとしてきた。ええい、触るな!
未だ机に突っ伏したままの仁王を眺めた。私がここに来てから1ミリも動いていない。
じっと眺めていると、いつもと違うところに気がついた。
「ねえ、尻尾はどうしたの?」
そう仁王に話しかけると、むくりと頭を上げてこちらを見た。
「ゴム切れた」
「ああ。それで」
仁王の背中にトレードマークともいえる尻尾はなく、無駄に長い襟足が散らばっていた。
「しっぽがないからちからがでん…」
「…うわあ」
「ひどかあ」
重そうに上げた頭が再び机に沈んだ。しかもいやいやと頭を左右に振っている。
―――拗ねた。
「ってことでよろしくね」
めんどくさい、と思ったところで、幸村が爽やかに部室から出ていった。
部室には私と仁王の二人だけが残された。部活に勤しむ声が聞こえる。
さっさと仁王を部活に送り出さないと、幸村に笑顔で嫌味を言われるわ帰れないわで全然楽しくないわけだが、拗ねる仁王を見ているとなんかもう本当に、どうしよう。
盛大に溜め息を吐いてやると、ぴたりと動くのをやめた。
「…なあ、」
「なに。ゴムなら持ってないよ?シュシュはあるけど、それじゃすぐ取れちゃうでしょ」
「ゴムなら俺のバッグん中」
だるそうに自分のロッカーを指差した。
「…あるならさっさとくくって部活行きなさーい」
「結って」
「ええっ?」
腕に顔を半分埋める格好で、こちらを上目遣いに見上げた。
「が、結って」
「自分でできるでしょ、それくらい」
「にやってほしいんじゃ」
―――本当しょうがない、駄々っ子だ。
そう思いつつも、私は仁王のロッカーに向かい、彼のバッグの中からゴムを探していた。
「でーきた!」
出来上がった尻尾をピンと指で弾くと、さっきまでぐったりしていた仁王が起き上がった。
「んー…」
そのまま後ろに手を伸ばして伸びをした。真後ろには私がいるわけで、当然その手が私に当たる。それにむっとすると、仰け反った仁王と目が合った。仁王は満足そうに笑った。
はいはい、満足そうでよかったですねえ。とりあえず、おでこを軽く叩いてやった。
「いてっ」
「ほら!さっさと部活行く!」
「まったく、ちゃんは…」
そう言いながら体を戻すと、首を軽く鳴らして立ちあがった。ふらふらとロッカーの方に歩いていくのを見て、ようやく部活に行く気になってくれたのかと溜め息をついた。
これで用は済んだわけだし、さっさと帰ろう。そう思って、自分のバッグを回収するのに机の反対側に回った。
バッグを肩に掛けると、仁王が部室から出ていくのを待った。仁王はロッカーからごそごそとタオルを引っ張り出して、首にかけていた。
「…そうじゃ」
ラケットを手に持って、独り言のように呟いた。なんだろうと思ってそのまま仁王を見ていると、まっすぐに私に近付いてきた。ぐっと腕を引かれると、頬に軽い感触。
仁王は突然のことに固まってしまった私を通り過ぎて、ドアの方に歩いていった。ドアノブをひねる音で我に返り、がばっと仁王を振り返った。
仁王はドアを開けると一瞬立ち止まって、こちらを振り返った。逆光の仁王が口元に人差し指を持ってきて笑う。
「お、れ、い」
語尾にハートでもついていそうな勢いで、ウインクというおまけも付いていた。私が呆けていると、ひらりと手を振って部室から出ていった。
ぱたんとドアが閉められる。
部室に一人取り残され、何となく仁王が触れたその場所に手を当てた。自然と視線が下の方に向く。
「…やられた」
キスで誤魔化されると思わないで
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ゆめさんに捧げもの!