「わーお。におうくん、もてもてー」
「…さん、疲れが増すからやめてくれんかの」
手荷物を見たさんの挨拶代わりの嫌がらせに、勘弁してくれと返すと、事実を言ったまでだよ、と笑って部屋に入れてくれた。
ちょっと待ってて、とやかんに水を入れて火にかけるさんは、なんだかいつもより機嫌がよさそうに見える。
手に持った今日の不本意な戦利品たちを見下ろした。
折角、苦労して全部持って帰ってきたというのに。
玄関での彼女のリアクションでもわかったが、効果はまるでなかったようだ。
なんだ、つまらん。
眉間の皺のひとつでもあればよかったのに。
内心舌打ちをしつつ、部屋に入って荷物を置くと、端の方にある少しお洒落な紙袋たちが目に入った。
なんだ、しっかりあるんじゃないか、チョコレート。
少し浮上した気分でこたつに入って一息つくと、マグカップをふたつ持ってさんが戻ってきた。
マグカップの片方を渡すと、例の紙袋の群に手を伸ばしてひとつだけを掴んでこたつに入った。
よし。
勿論、行き先は俺かと思えば、さんはナチュラルにリボンをほどいて箱を開け始める。
…おーい、さーん?
「それ、さんの?」
「勿論」
「…なあ、俺にはないん?」
「え、それだけもらっておいて、まだ足りないの?」
「いーや、全然」
ならいいでしょ、と俺から視線を外すと箱に手を伸ばした。
少し思案して一粒摘まんで。半分だけかじると、うっとりと頬を緩める。
気に入らない。
チョコレート以下か、俺は。
浮上した気分はすっかり沈んでしまった。
鬱憤を晴らすためにも、指ごとさんのうっとりの原因に噛み付いてやった。
チョコレート、討ち取ったり!
…って、おっ?
「ちょ!」
「あ、うま」
「あったり前でしょ。それ、一個いくらすると思ってんの!」
チョコレート一粒にいくらって。
そう思って箱の蓋をひっくり返すと、某高級チョコレート店の名前。
ああ、こりゃ高いわ。
ってことは、あの紙袋群はこの類いか。
一体、チョコレートにいくら使ったんだ、この人。
「………」
「なあに」
「さんは寂しい人じゃなーと思っての」
「失礼な奴だな、おまえ」
「いくらチョコレートに使ったんじゃ」
「…いくらでもいいでしょ」
「しかも自分で食っとるし」
「私がパティシエの本気を受け取って何が悪い」
「それに、」
「んー?」
「…俺にはくれんし」
「え、仁王は食べないの?」
さんからの予想外の反応に思わず彼女を見ると、さも不思議そうに首を傾げていた。
いや、首を傾げたいのは俺の方なんだが。
「好きなの食べてけばいいじゃん」
そう首を傾げたまま笑った彼女に、なんだか毒気を抜かれてしまった。
くれるって、そういうことね。
俺のくれるって、そういう意味じゃないんだけど。
決して鈍い人ではないはずなんだが、たまにこうなんだよな、さんは。
まあ、クリスマスもケーキ相手に楽しそうだったし、さんにとってイベント事なんてこんなもんなんだろ、と思考を打ち切って、箱に手を伸ばした。
手に取った一粒いくらのチョコレートを眺めて、こんなのもありか、と口に放り込む。
計算しつくされた、程よい甘さが口の中に広がった。
そのあと、俺がさんが狙ってたらしいチョコレートをうっかり食べてしまって、機嫌を損ねた彼女に、戦利品の一部を献上する羽目になってしまった。
こんな形で戦利品が役立つなんて不本意にも程があるとも思ったけど、さんの機嫌がよくなるなら苦労も無駄ではなかったんじゃないかと思ったり思わなかったり。
しかし、さっき好きなの食っていいって言ったのは、さんだったと思うんだけど。
手のひらサイズの攻防戦
(090214)