目覚まし時計の鳴る音が遠くで聞こえる。
 ―――ああ起きなきゃ。
 1限めんどくさ、とか、寒い嫌だ眠い、とかネガティブなことを考えながらも、暗闇から意識を引き上げる。未だ起ききらない頭のまま、目覚ましに手を伸ばした、ら。

「…うるさ」

 聞こえるはずのない自分以外の声に、反射的にベッドに視線をやる。あり得ないものが見えた。
 眉をしかめて丸まる銀色。
 眠気が吹っ飛ぶとはまさにこのこと。
 ごとり。
 目覚ましの落ちる音がした。



 悲鳴なんて可愛らしいものは出なかった。だって起き抜けにこれはきつい。まあ、驚きすぎて声が出なかったというのが正解だったりするけども。
 とりあえず覚醒して何をしたかというと、自分の格好の確認。いつも着ている部屋着のままだった。
 ああ、そっか、うん。
 なんとなく昨日の出来事を思い出した。
「…さむ」
 私が起きて暖かな布団の中にすきま風が入ったらしく、もそもそと潜り込んだ。この銀髪の宣言通りに何もなかったらしい。
 時計を見ると、用意を始めないと間に合わなくなりそうだ。そっと布団から出て洗面所に行った。

「あ、朝練アウトじゃ…」
 ―――そんなの私の知ったことか。
 なんて、ファンデーションを乗せながら内心思う。
 しかし、携帯を眺めながら言葉を発した本人は、対して気にしている様子もない。私が気にすることでもないのかな。
 眉を描いたあたりで、こいつが出ていかないと私も出られないことに気付く。銀髪を見ると、携帯を持ったままうとうとしていた。
「顔でも洗ってきたら?」
「んー…」
「君が出ないと私も出れないでしょ」
「…しゃーないのう」
 なんでそんなに偉そうなんだ。まあ起きてくれるならなんでもいいけど。
 もそっと起き上がった銀髪にタオルを渡して化粧を再開する。
 しばらくすると、顔を拭きながら戻ってきた。面白いものを見るような目と鏡越しに目が合った。居心地が悪くなって、なに、と聞くとしみじみと言う。
「…化けるのう」
「化けますよー、そりゃあ。そのための化粧なんだから」
 でも、そんなに濃く化粧してるつもりはないんだけどな。昨夜すっぴんを晒してるから、尚更そう見えるのかもしれないけど。
 濃い?と聞けば、普通じゃなか?と返ってくる。
 ―――普通ですか、そうですか。
 そう思いながら、使い終わったマスカラの蓋を閉める。うん、今日の出来はまあまあだ。納得して鏡を置いた。
 そして、依然として背中に感じる視線に振り返った。
「まだ何か」
「おねーさん、名前」
 そういえば名乗ってなかったのか、と今更気付く。名乗りもしない相手と一晩を過ごしたのかと思うと、自分の危機管理のなってなさにため息が出る。
 でも、一応相手が困ってたんだし。いや、あれは押しに負けたのか。あれ、どっちにしろため息じゃないか。
 とため息を吐きつつ短く言うと、銀髪はさん、と呟いた。
 ひとんちに半ば強引に泊まり込んだり、敬語を使う気配すらないのに。そういうところはちゃんとするのか。
 ―――銀髪だけど。

「仁王雅治」
 思わずん?と返すと、俺の名前、と返ってきた。におうまさはる、と言うらしい。
「仁王くん?」
 返事の代わりに、うん、と言ってからゆるりと笑う。
 ふと浮かんだのはにやにや笑いながら尻尾を揺らす猫。寝起きのおかげで、昨日仁王くんの後ろで揺れていた銀色の尻尾はまだなかったけども。
 暗に面倒な人間だと言いたいのか、とのろのろ支度をする仁王くんを急かしながら思った。
(091204)



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