ベンチに座って読書に勤しんでいると、ぱたぱたと雨の気配。
さっきから遠くの方で聞こえていたのはやはり雷音だったらしい。
日中暑かったし、ちょうどいいと、読んでいた本を閉じてベンチ下の鞄にしまう。
一応借り物だし、濡れたら困る。
空を見上げると真っ暗で、段々強くなっていく雨に、今日は化粧してこなくてよかったとぼんやり思った。
しばらくそのままでいたのはいいが、次第に不快感が募っていく。
確かに雨は冷たくて気持ちいいんだけれど、濡れて肌に張り付くブラウスにはもう不快感しか感じない。
移動するか?
そう思ったところで、今更避難しても制服は手遅れだ。
あーあ。
まあいいか、明日は風邪ということで自主休講しよう。
サボりじゃないから、自主休講だから。
不意に、ずしりと背中に重みを感じる。
のし掛かられた感じ。
振り向かなくたってわかる。
こんなことしてくる馬鹿は一人しかいない。
「にお、重い」
「寒そうだと思ってな」
「鬱陶しいわ、離れろ」
酷いのー、なんて間延びした返事を返してくるが離れる気配はまるでゼロ。
それどころか、ぎゅっとベンチ越しに抱き締めてくる。
部活は?と聞けば、雨で中止、と返ってきた。
どうせ嘘だろと思いつつ、別にどっちでもいいか、と後ろの銀髪を放っておいたら、うなじにざらりと生暖かい感触がした。
「しょっぱっ」
「っ、舐めるな、あほ」
ぴくりと思わず反応した体を、不愉快だと思い眉をひそめた。
口では暴言を吐くのに、たいした反抗をしないのをいいことに(だって面倒)、噛んだり舐めたり。
ああもう、完全に奴のペースだ。
これ笑ってやがる、絶対。
雨で冷えた部分と仁王のせいで熱を持った部分。
なんていうか、気持ち悪い。
うん、気持ち悪いんだって。
「しっかし、」
「んっ、」
「えっろいのー」
ばか、と言おうと思った口は、いつの間にか正面にまわっていた仁王のそれに塞がれて、結局言葉として出ていくことはなかった。
2、3回繰り返すと顔を離してにやりと笑う。
「さーて、」
「、ん?」
「戻るかの」
「誰だ、中止って言ったの」
「っと、その前に、」
さらりとあたしの言葉をかわし、ばさっと自分のジャージをあたしに羽織らせて(一体何処から出したんだ)、ぽんぽんと頭を撫でた。
それに、なに?と視線だけで疑問を投げ掛ける。
「体冷やすといかんじゃろ?」
そう言ってあっさり踵を返して帰ろうとする。
これだよ。
だから嫌なんだ。
普段はこれでもかってくらい無理をさせるくせに、こう思い出したように人を気遣うんだ。
嫌だ、ほんと。
嫌い、嫌い、嫌い。
何が嫌かって、仁王のシャツの裾を掴んでしまった自分の腕が。
あり得ないことを口走ってしまう自分の口が。
ほら、仁王さんがびっくりしてる。
「ね、待ってて、い?」
ちゃんと、言えているだろうか。
本当は目だって、顔だって背けたい。
けれど、そんなことをしたら負けだって、まあこんな行動に走った時点で負けは確定しているようなものだけど、あたしの最後の意地がそう言ってる。
滑稽極まりない、そんな意地だって、こいつにしてみれば全てお見通しだとは思うけれど。
笑いたければ笑えばいいよ。
こんなことを言えば、どうせ手のひら返したように、馬鹿な女、と嘲笑うんだろ、君は。
そう思いながら仁王の次の言葉を待っていたが、奴はといえば、予想に反して珍しく抜けた顔をしていた。
そのあとまたこれも珍しく、くすぐったそうにくしゃっと破顔。
「ちょっと、待っとって」
そう言い残して走っていった。
雨で冷えたなんて嘘なんじゃないの。
体が、特に顔が、熱い。
そりゃもう燃えているんじゃないかと思う程度に。
左腕を目の上に乗せて、未だ雨が降り続く空を仰ぐ。
「あっつ、」
ゆうだちシャワー
(080811)
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『夏融』様に提出。