「なあ、あの子可愛いと思わん?」
「あー、H組の谷中さん?残念、あの子彼氏持ち」
「ふうん。彼氏持ち、ねえ…」
「え、やめときなよ」
「心配しなくともしっかり落としてくるぜよ」
「誰もあんたの心配なんてしてないからね」
未だ窓から目を逸らさない仁王にため息を吐いて、携帯に目線を落とす。
蓮二からの連絡はないようだ。
どうやら、思ったより生徒会が長引いているらしい。
もう一つため息を吐いて仁王に視線を戻した。
まったくいい趣味してる。
なんでわざわざ彼氏持ちを狙うんだ。
どうせうまく狙い落としてもすぐに別れるのに、そんなに飢えてるなら周りにわんさかいるじゃないか。
ほら、追っかけとか。
なのに、さ。
あーあ、可哀相に、谷中さん。
「なんでわざわざ彼氏持ちかねえ」
「んー?」
「だってさ、言い寄ってくる子はいっぱいいるじゃんか」
「それじゃあ駄目なんじゃよ」
「うわー、この贅沢もの!なーにがご不満なんですかー」
「あー…俺な、ダーツが好きなんよ」
「はあ?」
「ああ、ダーツってのは、まあ簡単に言えば、的あてみたいなやつな」
「や、そうじゃなくて」
なんの脈絡もなくダーツの話をし始める。
ダーツくらいあたしでも知ってるけど、問題はそこじゃなくて、話が噛み合ってないってとこ。
視線は外に向けたまま、まあ聞け、と仁王が言うが、いまいち主旨が理解できない。
相変わらずどういう思考回路をしているんだ、こいつの頭の中は。
「…で?」
「要は的目がけて投げるだけなんじゃが、これがなかなか面白くっての。今度お前さんもやってみるか?」
「それはいいけど。それとこれとどういう関係があるんですか」
「これもある意味同じじゃろ?一種の的あて」
ふっと笑って視線を外からあたしに移動させる。
思わず、ぎゅうっと携帯を握り締めた。
冷や汗が背中を伝う。目が逸らせない。
魅惑的、とでもいうのだろうか、仁王は不思議な目をしてる。
なんだか引き込まれそうだ、そう思ったと同時に身体の底から熱が沸き上がってくるような感覚。
いやだ、なにこれ。
「なんで、と言ったな。答えは楽しいから、じゃの」
「に、おう、」
「ハードルが高ければ高いほど面白い。それ以上でもそれ以下でもなか」
そこで切ると席を立つ。
どうやら帰るらしい。
ああもう何でもいいから行くなら早く行ってほしい。
それか早く迎えに来てよ、蓮二。
そうでもしないと、わけのわからない熱で、どうにかなってしまう。
早く、早く、早く。
そんなあたしの気持ちとは裏腹に、仁王は実にゆっくりな足取りで教室を出ていく。
そして教室を出るところで立ち止まって楽しそうに一言。
「ほーら、堕ちた」
あたしはその場から動くことができなかった。
落ちた果実は腐りゆくのです(当たり前の事実として)
(080228)
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『貴方にまつわるエトセトラ』様に提出。