「柳生と仁王が双子って、本当?」
「、はいっ?」








人もまばらな図書室。
いくつもの本棚を抜けてお気に入りの場所へと向かう。


ふと見遣ったミステリーのコーナー。
そこに見知った人物がいた。

足を止めると、私の視線に気付いたらしく、本から顔を上げた。

こんにちは、と丁寧に挨拶する柳生に笑顔を返す。


そういえばと、先ほどの仁王との会話を思い出した。

誰かお探しですか、と問われた言葉に返事をするわけでもなく、私が放った一言は、相手を呆けさせるには十分だったらしい。


「なんですか、それは」
「仁王が言ってた」
「仁王くんが?」
「うん。ふたりは入れ替わりするくらいだからやっぱり似てるの?って聞いたんだけど」
「ええ」
「実は別々に育てられた兄弟でな、一卵性の双子なんじゃ、って」
「………」
「中学の入学式で運命的な再会をしたんじゃよ…と涙ながらに語ってくれたよ」
「………」
「あ、やっぱり本当なんだ?」
「そんなわけ、ないでしょう」


変なことを信じないでください、と溜め息混じりに吐き出しながら、本の背を押して棚に戻した。
それを見ながら、面白い話じゃない、と言うと、貴女も困った方ですね、と呆れたように苦笑した。


物腰も柔らかだし、言葉遣いも丁寧で、こんな風に優しく笑う柳生はやはり紳士なのだと思う。

適当な本に手を伸ばし、本棚に寄りかかりながらページをめくった。


「で、結局のところ、似てるの?」
「多少は…似ているのかもしれませんね」
「ふうん。ね、眼鏡外してみてよ」
「どうしてそうなるんですか」
「柳生くんがどれだけ仁王くんに似てるのかと思いまして」
「はあ」
「駄目?」
「構いませんが…」


そう言いながら静かに眼鏡に手をかける。
耳から引き抜いて、レンズが下がっていくとともに、次第に見えてくる目は、やや伏せ気味で、全貌はよくわからない。

すっと目が開き、柳生を眺めていた私の視線と絡んだ。

現れたのは鋭い、切れ長の目。


睨まれたわけではないのに、体が硬直する。

バサッと本の落ちる音が遠くで聞こえた。


さん?」


呼びかけられて、はっと我に返る。

不思議そうな顔をしてこっちを見る柳生。


何か反応をしなければとは思っても、思ったように頭は働いてくれない。
言葉を探せば探すほど、思考は絡まっていって、混乱していくだけだった。

ばくばくと早鐘を打つ心音がうるさい。

何か何か何か…


ああ、そうだ。

仁王と似ている、という話をしていたんじゃないか。


「え、に、」
「仁王くんに、見えますか?」


なんとか声を絞り出して、仁王の名前を口に出そうとした瞬間、柳生がそれを遮った。
僅かに視線を強くさせるというおまけ付きで。

それだけで息がつまる。


「っ、」
「見えますか」
「や、ぎゅ、」
「はい」


そう返事した彼は、にこりと笑って視線を緩めた。

そして、さっき私が落とした本を拾って、もとの場所へ戻した。


柳生の視線が逸れたことに安堵の息を吐き出す。

心臓に悪い。


…確かに。

普段は眼鏡をしているし、髪型も違うから全然違う人に見えるけど。
こう見てみると、似ているかもしれない。
まあ醸し出している雰囲気が、仁王のそれとはまるで違うから、似ているとは言いがたいのだけど。


しかし、なんだろう、この胸騒ぎのような嫌な感覚は。
雰囲気云々で言ったら、目の前の柳生はまるで知らない人みたいだ。

柳生でも仁王でもない、この人は一体誰?


ぎゅっと自分を抱き締めるように二の腕を掴んだ。


「どうかしましたか」
「、えっ」
「寒いのかと思いまして」
「そ、そんなこと」
「ありませんか」


ならいいですが。

そう言って再び私に視線を向ける。

いつの間にか私の正面に回っていて、私は後ろにある本棚と挟まれていた。
身長のせいか、自然に見下ろされる構図となる。


耐えられない。

そう思って、顔ごと目を逸らした。


でも、それは賢い選択ではなかったらしい。





柳生は何を思ったのか、横を向いたことで無防備になった耳元にぴったりとくっついて、普段なら絶対に呼ぶことのない呼び方で私を呼んだ。

息遣いさえ聞こえてくる。
ぴくりと体が揺れた。

それを隠すように出した声は震えていて、全く意味をなさなかった。


「随分印象が、違う、ね」
「そうですか?」
「べ、別人、みた、」
「どちらも私ですよ」
「、へえ、」
「そんなことより」
「っ、」
「此方を向いて、


向けるか。

瞑ってしまった目のお陰で、視覚が働かなくなった分、聴覚が過敏に反応する。
柳生が話す度に、耳から毒でも流し込まれているんじゃないかと思う。

少なくとも、私の膝を笑わせるくらいの効果はあるようだ。


不意に、つ、と首筋をなぞった彼の指先に肩が震えた。

それに気付いてふっ、と笑う。


「可愛い」


それが、最後。

私はずるずると本棚伝いに崩れ落ちた。

腰が、膝が、もう限界だ。
麻痺した神経がまともに体を支えることなんて出来るはずもない。


「おやおや、大丈夫ですか」


白々しく心配するような声を出して、座り込む私にあわせて床に膝をつく。

楽しそうに笑う切れ長の目に震えが止まらない。


ある程度近づくと目を見開いた。


「ああ、そんな顔をしないで」


いかにも困りました、というように笑う。
眼鏡をしている時でもその顔は好きだったけど、今感じるのは恐怖だけ。


「そんな風に見つめられたら、」


頬に手を添えて優しく上を向かせた。

触れそうなほど近づいた柳生は、加虐的に目を細めた。

至近距離で目が合う。








「期待に応えて差し上げるしか、ないではありませんか」















これにて遊びは終わりです




















(090224)



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※みつれん的認識in柳生比呂士

・柳生改め野獣比呂士
・鬼畜眼鏡
・標準装備:敬語
・眼鏡でオンオフ
・得意技:精神攻撃