がちゃりとドアを開けると、直ぐ様閉めたい衝動に襲われました。





「おかえり」
「………」
「お か え り ?」
「あー…、うん。ただ、いま」


なんでこいつがここにいる。
しかも普通に寛いでる(紅茶が美味しい?当たり前だ、こだわりの逸品だもの)。
誰の部屋だと思ってるの、あたしの部屋だっての。

まあ別にね、不法侵入なんて日常茶飯事(ベルとかベルとかボスとか)だから今更どうこう言う気はないけれど。
こいつほど厄介な客はいないと思うよ。
添い寝希望(ボスだと意味合いはだいぶ違う)なんてまだ可愛い気がしてくる。

こいつの場合、大人しくしているならまだしも、散々暴れまわって気っ掻きまわした後、あっさり帰るような奴なんだ。








そもそもここはヴァリアーの屋敷だし、わざわざ用の無い本部の人間が来るところでもない。
いや、来る以上用はあるのだろうけど。
少なくとも、暇つぶしに使ってはいいところじゃないと思うなあ。


しかも彼は変なところで律義さを発揮してくれて、手土産代りに積極的に隊員たちにじゃれついてくれるものだから、こちらとしても何もしないわけにもいかず、仕方なく恭弥くんをVIP待遇でお出迎え(侵入者の排除とも言うよね!)しなければならなくて。
まあ多大な損害を被っているわけなんだ(彼曰く、死人を出してないだけ感謝してよね、だそうだ。おまえな)。


そして何とも迷惑な話、彼がこれだけ多大な被害をだしてここに来る理由というのが、あたしに会うためだというから肩身の狭いにも程がある。
おかげで、被害を受けた同僚たちからの冷水の如く冷やかな視線と、流石に事後処理(といっても請求書を本部に持って行くだけなのだけど)が面倒になってきたボスからの、軽く消し炭になれそうなくらい熱い熱い熱視線を一身に受ける羽目になった。


色々といたたまれなくなって、来るのは構わないからせめて暴れるだけは勘弁してくれと懇願したら、


がうちに来てくれるなら」


と珍しく機嫌良さげに言われたのはそんな昔の話ではない。
というかつい先週の話だ先週の。
もちろん丁重にお断りさせていただいたけど、まあ予想通りの反応を示してくれたよね、機嫌が急降下した恭弥は帰ると一言残してまた手当たり次第、隊員たちにじゃれついて帰って行ったわけだ。

ははは、おかげで今回の請求書諸々があたしのところに届いたんだがね!








まあそんな感じにいつも派手にやらかしてくれるもんだから、こいつがここに来ているときは嫌でもわかるんだよね。
任務を無事に終えて疲れた体を引きずりつつ屋敷に帰還してみると、目の前に広がる惨状。
思わず頭に浮かぶ、ボスに睨み付けられながら(でも実はボス、笑ってるんだなこれが)修理費諸々を出している
可哀想な綱吉に同情すると同時に、ああまたかとどっと増えた疲労を感じざるを得ない状況というのが常。



なのに、あれ?

どうした、今回はやけに大人しいな。





ううむと内心首を傾げていると、すっと手を差し出すから何だろうと思ってえ、なに?と聞くと、早く(目的語がないよ、恭弥くん)と急かされた。
脳内をクエスチョンマークにジャックされつつ、とりあえず彼の近くに寄ってみる(機嫌を損ねるのはごめんだ)。
すると腕を引っ張られて恭弥の隣にぼふっとダイブ。そのまま引き寄せられて、お腹の辺りにぐりぐりと顔を埋められた。

…なんだかよくわからない。


「ねえ」
「何でございましょ」
「撫でてよ」



猫か。
猫なのかこいつは。
人生の八割を気まぐれで生きてるんじゃないの(そうだね、まさに浮き雲のようだ)ってところはその通りだとは思うけども。
でもいきなりなんだ。
フリーダム過ぎるだろ。

というかそんなことをするためにここまで来たのか(いつもだけど)。
おおい、仕事はどうした。
いい加減ちゃんと仕事をしてあげないと綱吉が胃潰瘍とお友達になってしまうと思うんだけど。





そんなことを考えながら撫でるのを渋っていると、体勢を変えて恨めしそうにじとりとこちらを見上げた(やべ、ちょっと可愛い)。


「ご褒美くらいくれてもいいでしょ」
「なんの」
の頼みを聞いてあげたじゃないか」


頼み?
あたしなんか頼んだっけ?
頼み頼みたのみ…ああ、もしかしてあれかな、先週の。

いやいや、あんなの頼みのうちに入らないでしょ。

常識の範囲だって。
そもそもこいつに常識があるかないかといったら明らかに否、なのはわかってはいるんだけど(よく考えてみれば常識人の知り合い少ないな)、ねえ、少しは夢を持ってもいいじゃない。


あたしが満面に拒否の表情を浮かべると、それに負けないくらいの不機嫌を醸し出す。
が、ふと何か閃いたらしく、身体を起こし、わざとらしい溜息を吐くと目線をあたしに合わせた。


「まったく、僕にここまでさせるのは貴女ぐらいだ」
「はあ?」


「にゃーお」


ほら、言ったんだから撫でてよ。

そう言って満足げ笑うと元の位置に戻った。


唖然。
しかしすぐに正気に戻ると、苦笑いしか浮かんでこない。

ここまでやられたら撫でる他ない。



しなやかな黒髪に指を通すと、かなりご満悦な様子。


まったく。

随分厄介な猫に気に入られたもんだ。














黒猫は避けて通れって言うだろ?




















(080505)