ちょんちょんとジャケットを引かれて、またかと思う。

女の子に声をかけられるのは悪い気はしないが、こう一日に何度もあると流石に、な。

まったく、今日何度目や。
なんて思いながら振り返った。


が、そこには想像しとったものは見当たらんくて。はて?と思って視線を落とすと、そこには満面の笑みを浮かべた女の子が一人。


「にゃあ!」








「…ちゃん?」


振り返っての第一声に驚き、言葉が出てこんかった。

いや、あれは不可効力やて。
にゃあ、なんて誰でも驚くやろ。


「にゃあ?」


そう言って不思議そうに首を傾げると、それにつられて頭の黒い猫耳も揺れた。


いや、こっちが聞きたいんやけど。

二人して不思議な顔をしてるやなんて傍から見たら結構おもろい光景なんじゃ…ん?猫耳?


「もしかして…それ、猫さんなん?」
「ん!」


えへへと後ろで手ぇ組んで体を揺らす。
スカートと猫耳も一緒に揺れる。


かわええなあ。


しゃがんで頭を撫でながらそう思ったまま言うと、嬉しそうにはにかむ。

微笑ましくて俺の頬まで緩んだ。


と、腰のあたりに感じた衝撃に顔を上げる。

誰かの足が当たったようだ。


しもた、ここが道の真ん中やったことを思い出した。


ちゃん、ちょっと移動しよか」
「にゃっ!」


返事まで猫仕様なんや、と両手を広げるちゃんを見て思た。

脇に手ぇ入れて抱き上げると、ぎゅうぎゅうと首にまわる腕に苦笑。


信用されとるなあ、俺。


「ほんま、こんなかわええ猫さんやと、ゆうし心配やわー」


ぽんぽんと背中を叩くと腕が緩んでちゃんと目があった。

それには笑顔を返し、移動すべく足を動かした。










通行の邪魔にならへんとこまで来るとちゃんを下ろし、その隣に俺も座った。


こうしとると通行人からは若い親子にでも見えるんやろな。

実際は全然ちゃうねんけど。

まあ結果的に、静かにちゃんと過ごせるからええことにしとく。


「ゆうし、ゆうし、」


ぺちぺちと太ももを叩く手に、通行人の流れから視線を移した。

どしたん?と返事をすると笑ったまま首を傾げた。


「とりっくおあとりーと!」


満足げに言いきったちゃんに、そういえばと思い出した。

確か今日は10月31日、ハロウィンやったなあ。
街なかはしっかりデコレーションされとるが、意外と意識をしてないイベントやから忘れとった。


ああ、やからこないな格好をしとるんか、と彼女を見下ろした。

この子の周りを固めとる保護者勢のおかげなんか、ちゃんはいつも可愛い格好をしとる。

あいつらやったら普段着に猫耳ちゅうチョイスもあり得るとは思たが…いや、流石に普段着にこれはあらへんか。
ちゃんのお尻のあたりに生えている尻尾を見て、思た。


ゆうし?と催促される呼びかけに何かなかったかとポケットに手をつっこんだ。

飴ちゃんの一つでもあればよかったんやけど、ポケットというポケットを探ってみてもやはり何も出てこんかった。


ちゃん、ごめんな。俺、今なんも持ってへんわ」
「…ないの?」


目に見えてがっかりするちゃんに少し胸が痛む。

彼女の沈んでいっているであろう気分とともに、猫耳と尻尾も萎れていってる…気ぃする。
あくまでも気ぃする、だけやねんけど。


「ご、ごめんな?代わりになんか食べに行こか?」
「…ん」
「甘いもんがええな。ちゃんは何がええ?プリン好きやったっけ?」
「…ん」
「んじゃ、決まりやね」


二回目の返事が少し明るくなったのに少し安心して立ち上がった。

あとでこっそりお菓子を買いに行かな、と頭の隅で思た。










「そや、」


人の波ではぐれんようにと手ぇ繋いで歩き始めて数歩。


思い出したように立ち止まった俺に、つられてちゃんも立ち止まる。
何事かと不思議そうに俺を見上げた。


「なあ、ちゃん。あれ、もっかい言うてくれへん?」
「あれ?」
「にゃあってやつ」


不思議そうな表情はそのまんまに、かくんと首を傾げた。

いちいち首を傾げるんはちゃんの癖やな。


かわええ。


「…にゃあ?」


そう言ったあと、ふんわりと笑った。





「あー…うん、やっぱかわええなあ」





そう、思わず、


「…お持ち帰りしたいくらいや」















お姫様 差し出された手に触れてはいけません




















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ハロウィン'09


※配布期間は終了しています。